インバウンド観光は亡国への道か?需要拡大が抱えるインバウンド観光の光と闇
欧州に見るインバウンド観光の現状
観光は多くの国の経済の生命線かもしれないが、増え続ける観光客数の悪影響は、旅行の仕方を永久に変えてしまうかもしれない。
世界中の人気の観光地の住民は「自分たちの街にどんな観光客が来て欲しいか、来て欲しくない観光客の種類について、ますます声高に主張するようになっている」とBBCトラベルのローラ・ホールは語った。
コメンテーターは何と言ったか?
パンデミック後の不況の後、海外旅行が急増するにつれ、バレアレス諸島、カナリア諸島、バルセロナ、アテネなどヨーロッパの人気の観光地の住民の怒りも高まっている。
マヨルカ島では、何千人もの人々が路上に出て、制御されていない観光客数が賃金の低下、生活の質の低下、騒音、住宅価格の上昇を引き起こしているとして抗議した。
これに先立ち、カナリア諸島やバルセロナでも同様の抗議活動が行われている。
ユーロニュースによると、観光客数の増加により「住民を犠牲にして医療サービス、廃棄物管理、水道供給、住宅に圧力がかかっている」ほか、建設工事が「史跡、生物多様性、天然資源を危険にさらしている」という。
次は何が起こるのか?
ロンリープラネットによると、バレアレス諸島当局は「島の自然環境と地元住民のニーズも保護する、よりバランスのとれた持続可能な観光モデル」を策定した。
これには、アルコール規制、新規ホテルや観光客向け賃貸住宅の禁止、ビーチや国立公園への観光客数の制限などが含まれる。
これらの措置は人目を引くが、スペクテイター誌のショーン・トーマスは「観光業が莫大な利益を生む」ため、目立った効果は期待できないとしている。
スペインの観光ロビー団体エクセルトゥールは、昨年のスペイン経済の実質成長の71%は行楽客によるもので、2023年のスペイン全体の2.5%の成長のうち、外国人の消費がほぼ3分の1を占めたと述べた。
トーマス氏は、訪問者数のコントロールは、一種の「配給」になる可能性があると述べた。
日帰り旅行者への料金や観光税は、すでにベネチアやバリ島などで導入されているが、多くの人がブータンに目を向けている。
ブータンの観光税は1日100ドル(77ポンド)と世界で最も高い。
「より魅力的な場所への旅行は、過去のように富裕層の領域になるだろう」と同氏は述べたので、「できるうちに無料旅行を最大限に活用してください」と述べた。
日本におけるインバウンド観光の利点と問題点
インバウンドは数年前から日本経済の起爆剤として期待されており、観光庁によると2023年のインバウンド効果は約5兆3000億円と見込まれている。
これだけ大きな経済効果をもたらしているインバウンド。
しかし、オーバーツーリズムの問題など、日本経済を外国人観光客に頼りすぎることのリスクもある。
インバウンド観光戦略は本当に適切な戦略なのか。
今後どのように展開していくべきなのか?
コロナ・ショック・ドクトリン』(論創社)の著者、松尾匡・立命館大学経済学部教授のコメントを要約する。
インバウンド需要で80万人の雇用が生まれる。
今年さらに加速したインバウンドの経済効果は決して小さくないと松尾氏は評価する。
「COVID-19 “の大流行前と旅行が変わらなかった場合、2022年のインバウンド消費がいくらになるかを、昨年の私のゼミの卒業生が各国の為替レートとGDPをもとに試算したところ、6兆円を超える数字が出た。
そして何よりも、この大学院生はインバウンド消費が直接・間接的に80万人の雇用を生み出すと計算した。
日本の主要産業である鉄鋼と半導体製造装置の輸出額がそれぞれ4兆円程度であることを考えると、昨年の5兆円という数字はかなり大きい。」
雇用創出の落とし穴
インバウンド観光が雇用創出に大きく貢献していることはわかったが、これは決して喜ばしいことではない。
むしろ、インバウンド需要による雇用創出は欠点にもなり得ると指摘する。
「少子高齢化が加速する中、介護や医療など福祉分野の労働力は今後、莫大な需要になります。
そんなときに、インバウンドによる労働需要に仕事を取られてしまっては、庶民の生活に必要な分野の人手が確保できなくなる」。
私が勤める立命館大学のある京都市の大学院のゼミ生が行った詳細な試算によると、2025年には高齢化による労働需要で4万5000人の労働者が必要になるという。
これにインバウンドによる労働需要が加わると、京都市では少なくとも約16万人、多ければ約29万人の労働力が不足することがわかった。
これは京都市だけの状況ではなく、各地で起こることが予想される。」
人手不足が深刻化している今、観光産業で雇用を創出することは、生活の質を著しく低下させることにつながりかねない。
さらに、創出される雇用は決して高給ではないと説明した。
「現在の日本の観光産業は確かに多くの雇用を生み出している。しかし、その多くは非正規雇用だ。非常に不安定で低賃金です。
外国人観光客が増えすぎると、今住んでいる街に住めなくなる。
マンパワーだけでなく、土地への悪影響についても解説する。
「インバウンド需要 “による土地需要の増加は、地価の高騰を招きかねない。
その結果、高齢者を含む一般庶民が都市部に住めなくなる問題が発生する。
京都では現在、「ジェントリフィケーション」(再開発などで低所得者層の住宅地が活性化し、地価が高騰する現状)が問題になっている。」
インバウンド需要に伴う問題として、オーバーツーリズムやゴミのポイ捨てなどがよく挙げられる。
しかし、インバウンド消費の増加によって、現在住んでいる街を離れてしまう可能性があることは、特に解決すべき問題である。
インバウンド価格という贅沢路線の落とし穴
そもそも、2023年のインバウンド観光消費額が約5兆3000億円と過去最高を記録しても、インバウンド消費が日本各地を潤しているとは言えない。
「外部資本 “が流入し、インバウンド観光で得た利益の多くは、地元にまったく留まることなく外部に流出することが多い。
なんとか地元を潤そうと、「贅沢路線 」が叫ばれることが多い。
つまり、世界中の比較的裕福な観光客をターゲットに、付加価値の高い価格帯でサービスや商品を提供し、そこで働く人たちの収入を増やすルートである。
京都市もラグジュアリー路線を目指し、超高級ホテルなどを建設している。
しかし、これは地域住民が利用できない店舗やサービスが充満することを意味し、前述の高級化と相まって、将来的に今住んでいる地域に住みづらくなる可能性がある。」
豊洲の超高級海鮮丼「インバウンドボウル」に代表されるように、飲食店や宿泊施設が高級路線に走ることは珍しくない。
このまま日本全国でこの傾向が強まれば、国内に住む人々が安定した生活を送ることは容易ではなくなってしまうだろう。
インバウンド観光戦略の推進が、私たちの生活水準を大きく変えることを肝に銘じておきたい。
質の高いファンを増やすために大切なこと
さまざまなデメリットが顕在化しているが、松尾氏は今後のインバウンド戦略を立てる上での留意点を提案する。
「大分県の由布院温泉は、かつて観光地として大成功を収めたが、その結果、地域住民にとって住みにくい街になってしまった。
その反省から、「住民が暮らしやすい観光地が良い観光地である」という考えのもと、交通量調査や車の乗り入れ制限、景観の統一、近隣農家との連携など、町づくりに取り組んだ。
その結果、由布院温泉は「良質なファン」を増やし、住民にも観光客にも愛される観光地となった。
高級品にお金を使う富裕層は、地元にとって必ずしも歓迎すべき客ではない。
町や住民を大切にする上質なファンは、経済状況に関係なく親切で長続きし、結果的にお金をたくさん使ってくれる。
そうした観光地を目指すのであれば、高級路線に切り替える必要はない。」
質の高いファンを増やす町づくりを目指すには、特別なことをする必要はなく、町づくりのポイントとして次の8点が例示されている。
- 地域住民が安心して買い物ができる街
- 防災力が高く、安全で便利に暮らせるまち。
- 突然の病気やケガでも、すぐに医療が受けられるまち。
- 公共交通機関が充実し、快適なまち
- 子どもがのびのび遊べる街
バリアフリーで高齢者や障害者が利用しやすく、ケアが行き届いている街
経済的な理由で犯罪に手を染める人がいない街
観光資源である歴史・文化・自然を住民が誇りに思い、守り、生活の一部とするまち。
「これを目指せば、自然と良質なファンが集まってくる。
その結果、世界中の多様な観光客が長期滞在し、何度も訪れたくなる町になる」(松尾氏)。
そこに住む住民の生活のために、豊かな労働力と土地を確保する街づくりを進めることが、外国人観光客の満足度やリピーターにもつながるのかもしれない。
京都はどんな通りにもある普通の街になりつつある。
そこで、インバウンドを盛り上げるために国や自治体が行うべき政策、つまり人が住みやすい街づくりについて、「特別なことをしなくても、福祉、医療、教育、防災、子育て支援など、国民のための財政配分をすればいい。
そして、地域住民の小規模な伝統産業が生き残れないような税制はやめるべきだ。」
「また、近年多くの地域で進んでいる伝統技術の衰退や景観破壊も止める必要がある。
例えば、京都市は市民の快適な暮らしのための予算を削り、伝統技術保存のための予算はほとんど計上していない。
さらに、新幹線を地下に通すために地下水脈を破壊したり、駅前を普通の街並みに再開発したりと、街の魅力を台無しにするようなことにお金を使う計画を立てている。
京都市は観光の代名詞だが、このままでは外国人観光客だけでなく、日本人観光客からも見放されかねない。
京都市だけでなく、どの都市も今後は住民や伝統文化に目を向けたお金の使い方を意識してほしい。」
今後もインバウンド戦略を推進するのであれば、まずは住民ファーストで運営すべきだろう。